5分でわかるPCL

初音ミクとかを出したクリプトン・フューチャー・メディアが、自社キャラクターの二次創作について、「ピアプロ・キャラクター・ライセンス(PCL)」を発表してからはや数日。「長い」「わかりにくい」という意見があまりにも多かったので、そのエッセンスをGoogle docsプレゼンテーションでまとめた「5分でわかるPCL」を製作いたしました。もともとSNSボーカロイドにゃっぽん!」で公開したものですが、こちらにも掲載いたします。

第1回

http://docs.google.com/Present?docid=ddxzkshc_29cd87npgt&hl=ja
PCLの役割、誰に影響するのか、表示の仕方について

第2回

http://docs.google.com/Present?docid=ddxzkshc_30hpvhk3c2&hl=ja
他人が利用する場合のピアプロの使い方について

なお、これらのドキュメントについては、営利非営利を問わずご自由にご利用いただけます。

自分がどう見られているかには注意を払ったほうがいいよね(若干改)

前の前の記事:実際に性犯罪が増えるか減るかは(あまり)問題じゃないんだってば - Chambre Resonnante
続きです。

挙証責任と悪魔の証明

kilrey 社会, リテラシ 逆逆。ポルノグラフィー規制論者が"女性に対する偏見・ステレオタイプを惹起する"ことを立証しないとダメよ。

LivingWrong 悪魔の証明, ジェンダー, 人権 現状認識としては正しいと思うが、id:kilrey氏がブコメしているように、立証を行うべきなのは規制をかけようとする側だと思う。「女性に対する偏見・ステレオタイプを惹起しない」ことの立証ってまるで悪魔の証明だよ。

いや実は、記事を書きながら「これって挙証責任は規制論者にあるんだよなあ……」とは思ったんです。ただ、挙証責任は向こうにあるんだよ〜と言うだけでは却って反規制論者の不利になる予感がしたので、あえて書きました。というのも、挙証責任について正しい知識を持ち合わせている人は少ないからです。少なくとも高校まででは習いませんし、Wikipediaの「証明責任」の記事を読んでサラッと理解できる人は稀でしょう。そのようなものの存在すら知らない人が(ともすれば為政者の中にも!)相当数いるのではないでしょうか。そのような状況下で、「挙証責任は向こうにある」と言ったとしても、それは見る者にとって「自らの公正性を立証することを放棄した態度」にしか見えない恐れがあります

論理的には、規制推進側に挙証責任があることに疑いはありません。もし万一政府が規制に動くとして、立証がなければ違憲ということになります。しかし、「挙証責任は向こうにあるから」として自らを立証する努力を放棄することは得策ではありません。
あるいは、規制論者が一見証拠に見えるようなものを提出するかもしれません。そのような場合にも速やかに対応できるように、準備すべきだと思います。

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悪魔の証明についても述べましょう。これもやっぱり「これって悪魔の証明だよなあ……」と思いながら書いたのですが、よくよく考えてみると悪魔の証明ではないかもしれません。ちょっと血液型性格診断の話を思い出してください。
「血液型と性格には相関関係がない」ことを立証するには、血液型と性格に関するサンプルを集めて検定にかけ、優位な相関が検出されないことを立証すればよいわけです。これができれば、「相関関係があることは立証されていない(=今後立証されるかもしれない)」ではなくて「相関関係がない(独立である)ことが立証された」という、強い主張ができます。(間違ってたらごめんなさい)
ということは、「ポルノの有無」と「女性に対する偏見」に関するサンプルを集めて検定にかければいいのではないでしょうか(ただし、「女性に対する偏見」の度合いをどう測定するのか、という問題は依然としてある)

ウェブにかかれたものは原則として誰からも見えるという当たり前のこと

あと、これについては苦言を呈さねばなるまい。

Thsc サブカル 我々は悪魔の証明を要求する気違い女性様共に対して立証責任を負うし、創作物に対する偏見・ステレオタイプは一切合財正当、という主張だな/モノを踏みにじっても何とも思わないと指摘しておく。要はモノ化してない

挙証責任については前の議論を参照してください。それよりも心配なのは、「公開ブックマークにつけられたコメントは世界のどこからでも読める」という至極当たり前の事実はどこにいっちゃったんだろということです。
反ポルノ規制論者は「社会通念上よろしくないとされがちなものを擁護しようとしている」時点で重いハンディキャップを背負っています。人々の理解や共感を得にくくする言動は、いわばオウンゴールのようなもので、規制論者を利するだけです。本当に創作物を守りたいなら、「気違い女性様共」などという文言は即刻削除すべきです。

API 児童ポルノ, 表現の自由 これは思想統制だろ。レイプ願望は男性だけじゃなくて女性にもあると思うけどね。ロリコンと同じように一種の性癖なんだよ。レイプ思想をゲームにしてはまずい根拠を明白にしないと駄目だろ。

たしかに思想・心情の自由ならびに言論の自由の範疇ではあるのですが、「レイプ願望は男性だけじゃなくて女性にもあると思う」という言明は、それ自体が「女性を性的なモノとして捉えるステレオタイプの発露である」と解釈される恐れがあります。今このタイミングでのこの言明は不利と思われます。ついでに言うと、「男性にはレイプ願望がある」という言明は、一部の男性を貶めるかもしれません。

まとめ

  • 挙証責任は規制しようとする側にある、のは確かだけれど、世の中にはそれがわかっていない人も多い。そういう人たちが反規制論に納得してくれるような仕組みづくりが大切。「挙証責任はこっちにはないから何もしなくてよい」「議論の仕方も知らない奴らとは付き合えない」では、敵を増やすばかりでいいことはない。
  • 自分たちの言動が「世界中の人から見られている」ことを意識しよう。どんなに論理的でも、他人を悪し様に言う人と仲良くしようという人は少ない。味方を増やす工夫と努力が大事。

追記

id:T-3donさんのお話を伺って、若干追記しました。コメントありがとうございます。

結局、効果をどうやって測定するかの問題になりそうだ

前の記事実際に性犯罪が増えるか減るかは(あまり)問題じゃないんだってば - Chambre Resonnante
こんなにたくさんブクマしてもらったの初めてなので舞い上がってます。ブクマコメントからピックアップさせていただきます。

繰り返す:私は誰の味方なのか?

よくわかりません。ただ、ずれた議論があればその原因を探りたいし、より合理的な議論に至りたいと願う者です。

「なぜエロゲだけが」の問題点

erya それ殺人ゲームにも全く同じことが言えることじゃないの?人を殺すような描写→人の命を軽視する→スパイラル

metalbabble これはひどい その理屈だとありとあらゆる暴力表現に言える モンスターを狩る事は差別に繋がる? 食事シーンにすら文句が言える訳だが

kaionji 性 その論理で行くと推理物は全滅しちゃうんじゃないのかな。性犯罪だけが駄目なのかな。

2005年に神奈川県が「GTA3」を有害図書に指定した事件をご記憶でしょうか。「バトル・ロワイアル」映画化に際して代議士から規制論が出たこともありました。性犯罪にまつわる表現だけが標的になるのではありません。
様々なメディアの暴力表現に対する規制論がこれまで数多く為されてきたのは事実でしょう。そこを無視して、「エロゲだけが槍玉に揚げられている」と考えているとしたら、これは事実に反します。また、今回声明を出したEquality Nowは、女性の人権を専門に扱う団体らしいので、「性暴力以外の物事について規制を要求しないのは不公平だ!」と言われても困ってしまいます。

何を測定するべきなのか

hobbling せめて「現実に犯罪があったか、差別があったか」というようなはっきりした基準にしないと。「視線」なんて主観的で曖昧な基準を基に法規制なんかしたらなんでもありだ。

frsatti ジェンダー, 犯罪 女性への偏見が問題というのは実被害があるからですよね?その被害って結局は性犯罪なり、女性への暴力やセクハラでしょう。それなら、やっぱりゲームによる被害の増減を調べる必要がありますね。

こちらは重要な示唆を含んでいると思われます。「女性への偏見スパイラル」など存在しない、と言い切るのは困難でしょうが、では実際「女性への偏見スパイラル」が存在するとして、性暴力を扱うゲームの有無がどのように影響するかは未知のままです*1。今後、規制論者の人々が自らの論を強化するにあたって、この難問への回答が要求されるでしょう。
しかし、反規制論者も安心できません。「性犯罪の認知件数」と「被害の増減」はイコールではないからです。

cham_a 性犯罪 「女性に対する性的暴力が軽んじられたり、ないことにされたりする」確かにあの痴漢被害のエントリとその反応はその例になってたな/そういや「日本では性犯罪が少ない」のは泣き寝入り件数が多いのを示唆もしてたし

b:id:cham_aさんの仰る通りで、「警察に出される性犯罪の被害届が少ない」のは「実際に行われている性犯罪の件数が少ない」のではなく、「被害届があまり出されていない」ということかもしれません。女性に対する偏見(レイプ神話もその一つ)が強い社会情勢下であれば、後者の度合いは増すことでしょう。
つまり、「現実に犯罪や差別があったか」は、「報告された数と現実の数は違うかもしれない」という限界を抱えており、「じゃあ報告されなかった数はどれくらいなのよ?」といっても調べようがない、という点で、測定基準の策定は困難を極めます。これは規制論者にとっても反規制論者にとっても難題でしょう。

規制ではなく啓蒙を。でも、どんな?

tzt どんな糞ったれファッキンな偏見に基づいたものであっても安易に規制するのは思想統制にも繋がりかねない危険な考え方だよ。児童ポルノの様な直接の被害者が居ない以上、規制ではなく啓蒙で対処すべきでは?

確かに、規制をすればすべて解決する、という見方は楽観的すぎると思います。それに、規制や取り締まりよりも啓蒙のほうがソーシャルコスト面でも有利かもしれません。問題は、先に挙げた測定基準とも絡むのですが、「どのような啓蒙が可能なのか」また「それはどれほどの効果を持つのか」です。ある程度の効果を見込める啓蒙の手段が見つかれば、それを提示することによって、反規制論者の主張は大いに説得力を得るでしょう。

検閲・規制・ゾーニング

GEGE 表現の自由, ファシズム そもそも、社会において許されないものを味わうためのフィクション(特殊ジャンルのポルノに限らず)が、社会の検閲を受けてどーすんだ。

発言の真意を汲みかねますので、間違っていたらごめんなさい。「ポルノグラフィーに限らず、フィクションは、反社会的な欲求に対する代償行為として機能している」ということで議論を進めます。問題は論点が若干ずれていることです。フィクションを薬にたとえるならば、前のエントリで問題視したのはその「副作用」の恐れ(=フィクションが女性への偏見を強化しないか)のほうであって、「主作用」(=反社会的な欲求のはけ口となる)のほうではないのです。
もっとも、薬というものは副作用のリスクよりも主作用のベネフィットのほうが大きいと見込まれるから処方されるのですから、これもまた、どちらを重視するかという、測定基準の問題に還元できると思います。

sfken 創作物は反社会性で規制されるべきではないと思う(特にアダルトゲームは割と厳重にゾーニングされているし)。/勿論その出来不出来や思想性を批判するのは自由だけど、発表自体を規制するのはダメだろう。

国内でしか流通しないはずのタイトルが、海外で販売されていたんですよね……。ゾーニングについては、アラを探そうと思えばいくらでも出てくる*2ので、「ゾーニングしてるから大丈夫」と簡単には言えないと思います。

y-yoshihide 表現の自由 その視点で言ってしまうと問題はエロゲを飛び越え、オタク文化を飛び越え、究極的にはありとあらゆる文化・創作活動において正しさを求められることになる訳だけども、そんなのはごめん被ります。

実際、あらゆる文化・創作活動は規制論にさらされうると思います。「あのなんちゃらって漫画が発禁になればいいのに」みたいなことを思ったことのある人はたくさんいるでしょう。そういった欲望は人類にはありふれたものです*3。だからこそ、いざ自分の表現活動が規制論にさらされたときのために、自らの主張を磨き上げていく必要があると思います。

その他

ya--mada モデルとかタレントとかも含まれないのかな?vipなおじさんのエスコートも出来なくなる。

ミスコンの是非論などとも絡んでくる問題だと思いますが、私の限界を超えているようなので、専門家の意見を探したいところです。

asitaki エロゲ クラナドやって感動した!家族大切にしようとか言っちゃってる人は陵辱ゲーやってレイプはそんな悪いことではないんだなーと思うタイプ

(爆笑)もちろん、実際にはそんなことはないと信じていますよ。

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外出するのでこのへんで。

*1:なんか、調査するごとに違う結果が出るんですよね、こういうのって

*2:高校生にエロゲ話を振られたことが何度もありますが、何か?

*3:すべての人がそのような欲望を持つ、という強い主張はしません

実際に性犯罪が増えるか減るかは(あまり)問題じゃないんだってば

タイトルは半分だけ釣りです。

まず、私は誰の味方なのか?

自分でもわかりません。ただ、色々な人の主張における論点の食い違いを明らかにしたいと願う者です。

「性犯罪の数」だけが評価基準?

YOMIURI ONLINEの記事に対するブックマークコメントでも何件か見られたのが「実際の性犯罪の件数が少なければいいじゃないかメソッド」。例として一件引用させていただく。

cubed-l エロゲ, 性 実際に罪を犯さない限りどのような嗜好でも自由であって欲しいな/正直この手のは広告ですら見たくはないけど、こういう嗜好を持つことそのものが犯罪のような言われようには違和感を感じる 2009/05/08

心情的には、私もb:id:cubed-lさんの意見に賛同したいところなんだけれども、おそらくこれではEquality Nowのような人たちとは議論がかみ合わないであろう。
昨日翻訳した声明をもう一度見てみよう。

日本の法律がストーキングを「その人物に対する愛情あるいはその他の好意的感情を満たすための」あるいは「それらの感情が満たされないがゆえの怨恨による」行為として説明していることについて、CEDAW委員会は懸念を表明している。このような説明付けはhentaiにおいて蔓延しており、例えば日本の売れ筋の(succesful)漫画「THE レイプマン」は、夜ごと「スーパーヒーロー・レイプマン」に変身する男性教師を描いている。彼は怨恨を鎮めるため、あるいは恋人を無下にした女性たちに「お灸をすえる」ためにレイプを行う。

お気づきだろうか。この部分で問題とされているのはレイプ描写そのものでも、この描写に惹起されるかもしれない可能的な性犯罪でもない。そう、ここでは、性差や性犯罪といった物事に向けられる視線こそが問題なのだ。

女性への偏見と女性のモノ化のデススパイラル

もう一箇所見てみよう。

一般勧告第19条「女性に対する暴力」において、CEDAW委員会は「性に基づく暴力は、男性との平等の原則に基づく権利および自由を女性が享受するための能力を深刻に脅かす、差別の一形態である」ことを確認している。特に、「女性を男性の従属物とみなしたり、ステレオタイプな役割を持っているものとみなすような伝統的振る舞いは、暴力や抑圧を含む広く蔓延した行為を維持する……このような偏見また行為は、女性を囲い込むまたは支配する形態としての性に基づく暴力を正当化しかねない……これらの振る舞いはまた、ポルノグラフィーの蔓延や、女性を個人としてではなく性的な対象として扱うような描写またそのほかの商業的営為を増長するものである。これらがさらに性に基づく暴力を増長している」とコメントしている。

「女性を男性の従属物とみなしたり、ステレオタイプな役割を持っているものとみなすような」行いこそが問題視されているのである。平たく言うと、女性への偏見→女性を性的なモノとして扱う描写→女性への偏見→……というデススパイラルが懸念の対象である。この悪循環のプロセスで、女性に対する性的暴力が軽んじられたり、ないことにされたりするのが恐ろしいのだ。これは、「レイプするゲーム→影響されてレイプするようになる」などという素朴思考では決してない。
このあたりを踏まえないで議論しても、おそらくは空回りのままだろう。

まとめ(になってない)

  • 人権団体の人たちは、「ポルノグラフィーによって直接的に性犯罪の頻度が上がる」ことを心配しているというよりも、「ポルノグラフィーによって女性への偏見(女性を性的なモノとしてとらえる)が再生産され、女性への暴力が軽く見られる社会情勢がつくられる」ことのほうを心配している(んだと私は考える)
  • なので、性犯罪の発生率を反証として取り出すのは、得策でないかもしれない。「日本では女性への偏見が根深く、実際には被害に遭っている女性たちが声をあげられないでいるのだ」という再反論もありうるからだ。
  • さらに言うと、これからポルノグラフィー擁護論を展開する際、それが「性犯罪を惹起しない」ことを立証するだけでは不十分で、「女性に対する偏見・ステレオタイプを惹起しない」ことを立証する必要があるだろう。これは極めて難事業であることが予想される。

最後に思ったこと

はてなではついこの間まで列車内の痴漢行為についての言説交換が活発になされていたように記憶しているのだけれど、今回のYOMIURI ONLINEの記事に対してそのような観点で切り込んでいる言説が見当たらない気がしました。私の調査不足だとよいのですが。

ウクレレ記法を使ってみる

ウクレレはとても素敵な楽器です。どうぞご利用ください。

http://d.hatena.ne.jp/hatenadiary/20060707/1152249195

いいこと言った!
ということでウクレレ記法を使ってみることにしました。

以前作曲させてもらってピアプロに上げた中から、こちらをお届け。
http://piapro.jp/content/cb5cy89iv479n102

歌詞はこちら。
http://piapro.jp/content/qp46y158dhhzubth

さくら、待つ。(仮)

作詞:ぶち。さん 作曲:遊牧家族(id:yuuboku)

イントロ(さくらの……)

CspaceGspaceAmspaceCspaceFspaceGCspaceAmspaceG
AmspaceCspaceFspaceGspaceC

間奏

C F G CとかC F Cとか好きにやっちゃって

Aメロ(眼が覚めて……/眠る前……)

CspaceGspaceAmspaceC
FGCAmFspaceFGC

Bメロ(ちょっぴり……/そっくり!……)

DmspaceDmspaceGspaceGspaceEmspaceEmspaceAmspaceAm
FspaceFspaceGsus4spaceG

サビ(さくらの……)

CspaceGspaceAmspaceCspaceFspaceGCD7spaceG
CspaceGspaceAmspaceCspaceFspaceGCAmspaceG
AspaceCspaceFspaceGspaceC

アウトロ

CspaceC7spaceFspaceG7spaceC

  • ウクレレ用にいくつかコードを変更しているので、実際の曲と異なる部分があります。
  • 空白が開いている部分は1小節、開いていなかったら2拍か1拍で考えてください(てきとうですいません)

降臨賞不応募作品2

「つまり、発想の転換だよ」
まただ。博士お決まりの「発想の転換だよ」が始まった。
「今度は何です? 貧乏ゆすり発電ですか? 高速消化管ダイエットですか?」
「失礼だな君は!」
早速頭から湯気を立てて怒る博士。といっても、「発想の転換」という発想に凝り固まっているのだからしようがない。
「すいません。それで、どんな発想の転換ですか? 後学のためにも是非」
「……よろしい。(コホン)いいかね、古来より人は望みを天に向けてきた。たとえば、

  1. 雨が降らないなあ。空から降ってこないかなあ。
  2. ニンテンドーDSiが欲しいなあ。空から降ってこないかなあ。
  3. モテないけど彼女が欲しいなあ。空から降ってこないかなあ。
  4. お姉さま欲しい、お姉さま……。空から降ってこないかしら……。

という具合に」
「どうして3.のところで僕をじっと見るんですか。それに買ってあげますよDSiくらい」
「うるさい! ……ともかく、望みは大抵空に向けられる。しかし、現実的に考えてどうだ? 空から降るものといえば、

  • 隕石
  • 恐怖の大王
  • 鳥のフン

このように、およそ災厄を招くものでしかない」
「確かに……仮に望みのものが降ってきたとして、重力加速度はどうにもなりませんからね」
「そこで発想の転換! 『上見て暮らすな、下見て暮らせ』……じゃなかった、『上に望むな、下に望め』! つまり、空にではなく地下に望みをかけることこそが我々のステアウェイ・トゥ・ヘヴンなのだよ!」
「(やれやれ、また変な実験につき合わされるのか)」
「何か言ったか?」
「いえ何も。では早速取り掛かりましょう」
「うむ。それでこそ私の助手」

      • -

かくて、地下にのぞみを走らせる……もとい、地下に望みをかけるシステムの研究が始まった。
「まず何よりも、地下に潜れる設備が必要だ」
という博士の言に従い、スコップを駆ること15時間。せめてボーリングマシンくらいは用意して欲しかったが、研究所の裏庭は案外に人の手でも掘れる柔らかさで、すでに4メートル近くは掘り進んでいた。偉いぞ僕。しかしスコップを握る手はもう豆だらけで、擦り切れてヒリヒリする。
――なんだよ博士、もうすこし気遣ってくれてもいいじゃないか……
地下に声が反響しないよう、心の中だけでつぶやく。
「どうだね助手君、順調かね?」
上から博士の声が聞こえる……いや、聞こえるなんてもんじゃない。この狭い穴の中に響き渡っている。
「博士も降りて手伝ってくださいよー」
「服が汚れるから嫌」
「なんのための白衣ですか」
「白衣はステータスだ! 希少価値だ!」
「……さようでございますか」
白衣は白衣でも、白衣の天使とはえらい違いだ。こうなればとっととそこそこの深さにして博士にご納得いただくに限る。僕はスコップを垂直に引き上げ、落雷の速度で底に叩き付けた。
瞬間、手元が狂って、
「いだだだだだだだだ!」
スコップの刃先が僕の足の甲を直撃。もう痛いなんてもんじゃない。切ったか? 血が出てるか? 折れてるんじゃないか? 穴の暗さとあまりの痛覚とで判断もおぼつかない。
「どうした助手君!?」
「あし、シシ氏がガガガはガが阿賀あががあああが!!!111!!」
「待ってろ! 今行く!」
「え……」
「きゃっ!」
地上から差し込んでいた僅かな光が消え、刹那、暗黒が現れた。
次の瞬間の僕を一言で表すなら、
(上は鈍痛、下は激痛、な〜んだ?)
とでも言えばいいだろう。だが、注意を奪われたのか痛みは急速に和らいだ(出血性ショックでないことを祈る)
「いたたたた……」
「博士?」
僕は自分の心配をよそに、博士に声をかけた。薄明かりで見る限り、大きな怪我はないようだが、白衣は土塗れだった。いや、今問題なのはそこじゃない。この姿勢は。博士が僕の上にジャストに載ってしまっていて……
「す、すすすすすすまない!」
博士はまた顔を真赤にして飛びのこうとしたが、この穴の広さではそんな余地もなく。
「いや、あの勘違いするなよ! 私は君が心配で……」
いや、そんな弁明は不要ですよ。
「分かってます。ありがとうございます。博士」
見えるかどうか怪しいが、僕は博士に微笑んで見せた。
僅かな空間をなんとかやりくりしながら、身を起こす。
「しかし問題はどうやって脱出するかだ。梯子もないし……」
「こんなときこそ『発想の転換』じゃないんですか?」
「いや、そんなことを言っても……」
「肩車でもしてみます? どうぞ」
僕は笑って、十七歳にして博士号を取得した天才、中塚香織博士に背中を差し出した。