降臨賞不応募作品2

「つまり、発想の転換だよ」
まただ。博士お決まりの「発想の転換だよ」が始まった。
「今度は何です? 貧乏ゆすり発電ですか? 高速消化管ダイエットですか?」
「失礼だな君は!」
早速頭から湯気を立てて怒る博士。といっても、「発想の転換」という発想に凝り固まっているのだからしようがない。
「すいません。それで、どんな発想の転換ですか? 後学のためにも是非」
「……よろしい。(コホン)いいかね、古来より人は望みを天に向けてきた。たとえば、

  1. 雨が降らないなあ。空から降ってこないかなあ。
  2. ニンテンドーDSiが欲しいなあ。空から降ってこないかなあ。
  3. モテないけど彼女が欲しいなあ。空から降ってこないかなあ。
  4. お姉さま欲しい、お姉さま……。空から降ってこないかしら……。

という具合に」
「どうして3.のところで僕をじっと見るんですか。それに買ってあげますよDSiくらい」
「うるさい! ……ともかく、望みは大抵空に向けられる。しかし、現実的に考えてどうだ? 空から降るものといえば、

  • 隕石
  • 恐怖の大王
  • 鳥のフン

このように、およそ災厄を招くものでしかない」
「確かに……仮に望みのものが降ってきたとして、重力加速度はどうにもなりませんからね」
「そこで発想の転換! 『上見て暮らすな、下見て暮らせ』……じゃなかった、『上に望むな、下に望め』! つまり、空にではなく地下に望みをかけることこそが我々のステアウェイ・トゥ・ヘヴンなのだよ!」
「(やれやれ、また変な実験につき合わされるのか)」
「何か言ったか?」
「いえ何も。では早速取り掛かりましょう」
「うむ。それでこそ私の助手」

      • -

かくて、地下にのぞみを走らせる……もとい、地下に望みをかけるシステムの研究が始まった。
「まず何よりも、地下に潜れる設備が必要だ」
という博士の言に従い、スコップを駆ること15時間。せめてボーリングマシンくらいは用意して欲しかったが、研究所の裏庭は案外に人の手でも掘れる柔らかさで、すでに4メートル近くは掘り進んでいた。偉いぞ僕。しかしスコップを握る手はもう豆だらけで、擦り切れてヒリヒリする。
――なんだよ博士、もうすこし気遣ってくれてもいいじゃないか……
地下に声が反響しないよう、心の中だけでつぶやく。
「どうだね助手君、順調かね?」
上から博士の声が聞こえる……いや、聞こえるなんてもんじゃない。この狭い穴の中に響き渡っている。
「博士も降りて手伝ってくださいよー」
「服が汚れるから嫌」
「なんのための白衣ですか」
「白衣はステータスだ! 希少価値だ!」
「……さようでございますか」
白衣は白衣でも、白衣の天使とはえらい違いだ。こうなればとっととそこそこの深さにして博士にご納得いただくに限る。僕はスコップを垂直に引き上げ、落雷の速度で底に叩き付けた。
瞬間、手元が狂って、
「いだだだだだだだだ!」
スコップの刃先が僕の足の甲を直撃。もう痛いなんてもんじゃない。切ったか? 血が出てるか? 折れてるんじゃないか? 穴の暗さとあまりの痛覚とで判断もおぼつかない。
「どうした助手君!?」
「あし、シシ氏がガガガはガが阿賀あががあああが!!!111!!」
「待ってろ! 今行く!」
「え……」
「きゃっ!」
地上から差し込んでいた僅かな光が消え、刹那、暗黒が現れた。
次の瞬間の僕を一言で表すなら、
(上は鈍痛、下は激痛、な〜んだ?)
とでも言えばいいだろう。だが、注意を奪われたのか痛みは急速に和らいだ(出血性ショックでないことを祈る)
「いたたたた……」
「博士?」
僕は自分の心配をよそに、博士に声をかけた。薄明かりで見る限り、大きな怪我はないようだが、白衣は土塗れだった。いや、今問題なのはそこじゃない。この姿勢は。博士が僕の上にジャストに載ってしまっていて……
「す、すすすすすすまない!」
博士はまた顔を真赤にして飛びのこうとしたが、この穴の広さではそんな余地もなく。
「いや、あの勘違いするなよ! 私は君が心配で……」
いや、そんな弁明は不要ですよ。
「分かってます。ありがとうございます。博士」
見えるかどうか怪しいが、僕は博士に微笑んで見せた。
僅かな空間をなんとかやりくりしながら、身を起こす。
「しかし問題はどうやって脱出するかだ。梯子もないし……」
「こんなときこそ『発想の転換』じゃないんですか?」
「いや、そんなことを言っても……」
「肩車でもしてみます? どうぞ」
僕は笑って、十七歳にして博士号を取得した天才、中塚香織博士に背中を差し出した。