降臨賞不応募作品
むかーし、むかし。ある所に、おじいさんとおばあさんが住んでいた。
おじいさんは山で柴刈り、おばあさんは川で洗濯をして暮らしていたが、生憎ふたりには子がなかった。
ある日、いつものようにおばあさんが川で洗濯をしていると。
ざわ……ざわ……
と何やら奇妙な気配が。そして、
どんぶら……こっこ……どんぶらこっこ……
「何だ……この……奇妙な擬音っ……
どんぶらこっこ、だと……
そんな擬音がっ……この日本語に……あっていい筈がないっ……!
音源は何だ……確かめねばっ……!」
おばあさんがおもむろに視線を向けた、川上には。
「あれは……桃!? なんと巨大な……
持ち帰れば……ゆうに六日分の食料っ……!
だが……桃は川から流れては来ない、それが基本だ!
ならば……この桃もどこかに「なって」いたはず……
くそっ……一体どこだ!?」
おばあさんは、やもたてもたまらず川上へ走り出した。
およそ老人にはありえない速度で山を跳び谷を越え、柴刈りをしていたおじいさんに出会うとこれを弾き飛ばし、木々の間をすり抜けてなお走る走る。
いつしかおばあさんは、あたり一面が桃の香りに満たされていることに気付いた。
「これは……まさかっ……!
桃の木っ……桃の木の群生地っ……!
ではここは……桃源郷っ!?
しかし……どれもこれも……普通っ……
あの巨大な桃は……どこからっ……!?」
おばあさんは再び歩き出した。四方はみな桃の木立であったが、道標ならある。桃の香りの強く、より強くなる方向へ、おばあさんは歩いた。
地面はやがてゆるやかな斜面となった。歩を進めるにつれ、それは段々と勾配を増してゆき、やがておばあさんが登れないほどの急斜面となった。探索もここまでか、とおばあさんは上を見上げた。
悟った。斜面などではなかった! 天をも貫かんばかりの巨大な巨大な桃の木の、根の部分に立っていたにすぎなかったのだ!
今おばあさんの眼前には、果てしなく遠方に向かい聳える幹の軌道と、その果てに繋がる黒雲がごとき桃の梢とがあった。おばあさんは老眼ではあったが、そこは離せばわかるン十代、かえって遠目が利く。眼を凝らすと、梢の中に点ほどの桃色が散見された。しかし、この距離をもって点と認識できるということは、つまり桃としては充分すぎるほどの大きさを有することを意味する。
「ついに……見つけたっ……!
一個六日分は下らぬ巨大桃の……発生源っ!
しかし……憎むべきはこの高さっ……口惜しきはこの距離っ……」
そのとき。
ざわ……ざわ……
再びあの不穏な気配に襲われ、次の瞬間、
桃色の点が楕円となり、拡大し、
おばあさんの頭をかすめ、
ずどむ
なる音とともに落下した。
一つでは終わらなかった。驟雨のごとく、雹のごとくに桃は次々と落下した。そのいずれもがおばあさんへの直撃を免れたのは如何なる因果によるものか、それは本稿の記述域を超えるゆえに扱わない。
眼下の桃が一つ、
がたり
と揺れた。それで、おばあさんは呆気に取られていた自分を発見した。
揺れはがたり、がたりと増幅を繰り返しやがて、ぴしゃりと桃が開いた。
それが卒琢の合図であったか、一斉に、がたりがたりぴしゃりと開く桃また桃。
みなその裡に赤子を抱えていた。女の子もあれば男の子もあり、ほげあ、ほげあと泣き出して、あたり一面がたりぴしゃりほげあであった。
念願の子を授かったにしては数が多すぎたが、見捨てるわけにもいかず、食料の桃もふんだんにあるということもあり、おばあさんは赤子たちをみな連れ帰った。最初の苦労は名前であった。男子は桃太郎、桃次郎、桃三郎とつけていったが桃三十四郎あたりでやめた。もっと困ったのは女子で、桃子、桃美、桃音、桃香、桃乃と日本名だけでは足りなくなり、毛唐の語でピーチとつけた。亀に狙われそうだが背に腹は代えられぬ。
にわかに大家族となったが、みなすくすくと成長し、近く鬼退治に出る予定らしい。もっとも吉備団子は自給自足で、頭数も多いので供の者はとらずにゆくようだ。物量的にみて圧勝することだろう。
おじいさんの行方は、誰も知らない。